●ジョルジュ・フレデリク・ロスコフ
ジョルジュ・フレデリク・ロスコフ(Georges Frederic Roskopf/1813-1889)はもともとはドイツの生まれ、16歳の時にスイスはラショードフォンにやって来て時計師修行をした後、スイスに定住した人であります。この人はずっとエタブリスールとして普通のスイス的な時計商売をしておりましたが44歳の時に突然、「20フランで買える時計を造ったらバカ当たりするんじゃないか?」
と、いう着想に取り憑かれる事になります。ロスコフいわく「労働者のための時計(proletarian watch)」であります。そしてこの人はその後10年間というもの「労働者のための時計」の実現に奔走苦労をする事になる訳ですが、この人の伝記類を読んでみても何故突然そういう着想を得てそれまでの商売を止めてしまったのか理由が良く判りません。カットモアがその著書で、
「ロスコフはアメリカ市場の動向、最新設備による時計製造ありようについても知っていただろう」
と述べていますが、恐らくこの人はエタブリスールとしてウォッチ輸出などを手がけるうちにアメリカを含めた世界の情報を豊富に入手できるようになり、それを通して時代の空気、変化というものに対して鋭敏な感性を涵養するに至ったのではないかと想像いたします。それが「大衆の時計には莫大な需要がある」という確信のもととなった可能性があると考えております。
●ロスコフ・ウォッチの特徴
"Technique and History of the SwissWatch"
(by E. Jaque and A. Chapuis/Hamlyn Publishing/1970)
という本によればロスコフが「大衆の時計」を造るに当たって練りに練ったコンセプトは以下のようなものでした。
【ロスコフ・ウォッチの理念的コンセプト】
(1)一般労働者に正確な時計を適価で提供する
(2)贅沢、華美な外装仕上げはこれを廃止、その分をムーブに使う
(3)高品質の材料のみを使用する。職人のおっさん達には高度のクラフツマン
シップに対して報酬を与える事にする(デコレーションには金を使わない)
【ロスコフ・ウォッチの技術的コンセプト】
(1)必要最低限にまで部品点数を大幅に減らす
(2)脱進機構を簡略化する
(3)ゼンマイ巻き上げ機構を高能率なものにする
(4)輪列の絶対トルクおよびトルク伝達効率を上げる
(5)単純にして強固なケース構造を採用する
以上のコンセプトを現実化するためにロスコフは以下のような作業を行いました。
【輪列の合理化/バーレル(香箱)の大径化】
ロスコフは大胆にもセンターホイール(2番車)を廃止しました。バーレル(香箱)で直接3番車(に相当する物)を駆動しました。これによって空いたスペースを利用してバーレルを大きくすることが可能になりました。大衆時計を目指していたロスコフ・ウォッチは価格上昇の原因となるジュエル(宝石)軸受けなど絶対使わない事を前提としていたので当然理論的に輪列の駆動抵抗が大きくなるのは明白であります。そう考えると歯車を一枚省略出来る事は巨大なメリットですしバーレルが大きくなる事は駆動抵抗の大きい輪列に対して強力な動力を供給するという意味では有利なものとなったと思われます。ちなみにロスコフ・ウオッチの輪列は図を見る限りバーレル歯車が現代で言う日の裏輪列に相当するものを直接駆動しているようです。
【組み付け式脱進機の採用】
ロスコフは脱進機を地板の上でクチャクチャ組み立てるんではなく、脱進機は脱進機でひとつの部品として事前に別工程でひとつの「ユニット」として組み上げておいて、それを出来上がってきた地板にポンとネジ止めする方法をとりました。これによって工場での生産効率がうんと向上しました。
【ピンレバー式脱進機の採用】
ピンレバー脱進機はロスコフ・ウォッチの代名詞のようになっております。そもそもピンレバー脱進機というものは1798年にルイ・ペロン(Louis Perron)というおっさんが発明したものなのだそうですが、実際問題としてはロスコフがこれに着目するまで殆ど使われる事は無かったようです。ロスコフは最初この「労働者の時計」には「まあシリンダー脱進機を使っとくか」と考えていたのですが、ピンレバー脱進機の改良に熱心だったM.J.グロスマン(Grossman)という大先生と何らかの理由で知り合い、この人に「ピンレバー使わんかいワレ」とこれを強力に勧められ、
「じゃあピンレバーで行くべ」
と、これに決めたのだそうです。どうもピンレバー式脱進機は基本性能が良いのみならず、上記の「事前ユニット化」に適した構造だった模様です。ピンレバー式の「複数の分解可能かつ比較的簡便な部品の集合体」というところがロスコフのエタブリスールとしての長年の経験と勘に訴えるところがあった模様です。ちょっと乱暴ですが、ピンレバー脱進機の動作原理はほぼ「ジュエルド・レバー」と同じ思想のものだと言えると思います。特に「デタッチャブル脱進機」という意味ではジュエルド・レバー方式と同じでシリンダー式よりフリクションは少ないのではないでしょうか。ただインパルスを受ける部分に一切宝石を使用していないので長期的な性能保持は難しい、というところが難点かと思います。
他にもケースを裏ブタなしのムクにしただとか、キーレスワインディングにしただとか、紙のダイヤルを採用しようとして失敗しただとか、ゼンマイ巻きすぎ防止のストップワーク(マルテーゼクロス)を廃止した、など色々とありますが省略します。
(つづく)
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