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以上で当時のアメリカン・ウォッチ・カンパニーの「支出」の見当がつきました。それでは「収入」の方は一体どうなっているのでしょうか?アメリカン・ ウォッチ・カンパニーの収入の推定にあたってダビドは「年間ウォッチ生産個数から売上を予想する」という方法を採りました。その根拠は同社の「日産360 個」というウォッチ生産能力です。この頃のウォルサムは年間305日稼働でしたから、
→360個×305日=109,800個/年
という計算になります。ここでダビドはウォルサムの年間ウォッチ製造数を100,000個と想定します。問題は単価の違う各モデルの生産数分布です。10万個のウォッチの内訳はどのようなものか?
ダビドはそれを市場の実感、各種聞き取りから以下のような内訳であろうと仮定しました。
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ダビドによる1876年のウォルサム各モデル生産数分布推計
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・Ameican Watch Company............................1,000個
・Appleton & Tracy Co.....................................3,000個
・Waltham Watch Co..............................14,000個
・P.S. Bartlett...........................................16,000個
・W.Ellery................................................16,000個
・Home Watch........................................25,000個
・Broadway.............................................25,000個
この各モデルの数量に工場出荷単価をかけて積算すればウォルサムの年間売上高がつかめる筈です。レポート中の細かい数字は省略しますがダビドが掴んでいた各モデルの工場出荷額から計算した上記の100,000ピースのウォッチの総売上がいくらになったかというと何と、
→$795,300/年
にしかならないのであります。これはいささか少ない額であります。というのも工場の年間生産コストは前述の通り、
→$715,000/年
でありますから工場生産における利益は$80,300という事になります。これでは前述の広告宣伝や支社維持などの営業経費が全く出ません。営業経費を含めた総支出で考えますと、
→795,300-997,500=マイナス202,200ドル
話にならない大赤字であります。
とは言っても現にウォルサムは赤字を出さずに営業しているのですからこれはダビド
の計算の何か、経費の計算か収入の計算か総生産数の見積のどれかが間違っているの
でしょう。或いは仕切価格を間違えて計算しているのかも知れません。また本社と支社(agency)との間で複雑な金銭のやり取りがあったかも知れません。
例えば各モデル別生産数分布を単価の高いものが沢山売れていると仮定すればすぐ何万ドルもの差が出る、とダビドも述べています。またフル稼働すれば生産個数も年間約110,000個と約10%増の生産数になりますので単純計算だと売上も10%増となります。
この計算についてはダビドもおかしな計算になっているとは認めつつも自分の収集した情報のどこに間違いがあったか良く判らない様子です。彼によれば「どの数字もかなりリアリティがある数字なのだが」という事であります。
私はこの130年も前にスイス人が異国のアメリカで行ったスパイ行為?として行った計算が結果として10〜20%間違っていたからといって特に奇異とするにあたらないと考えています。
そ れよりもここで注目すべきは「ダビドはどこを間違ったのか」という事ではなく、アメリカのウォッチ会社の経営は意外にも高コスト体質でそれほど利益に富む物では無かった、という事ではないでしょうか。例えば売上高が10%程度減少すると途端に大幅赤字に転落して大騒ぎするような経営だった、という事は正常な時でも営業利益はほんの数%しかない会社だったという事になります。意外であります。ウォルサムやエルジンはもっとバンバン儲けていたのではな いかと思っておりました。勿論1876年が不況の年だったという事も忘れてはなりませんが(実際1878年頃からウォッチ生産はバクハツ的に伸びます)。
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個人的にはこの薄利体質が数十年後のアメリカウォッチ産業衰退の原因の一つになったと考えております。競争に疲弊して次世代への設備投資をする事が出来なかったのではないかという感触を持っております。この事についてはまた機会をあらためたいと思います。
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このあたりのコスト構造はダビドも興味深く思った事でしょうがその一方でダビドは、
「何だってまたアメリカの時計人はこんなに躍起になってウォッチを安くしようとするのか?」
という疑問を抱いたようです。これだけ個数を沢山造っているのだから単価にほん
の少し上乗せするだけでもっと利益が上がる筈ではありませんか。
(つづく)
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2009年6月30日火曜日
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