2009年5月22日金曜日

ダビド・レポート (4)

________________________________________________________________________________________________
















●Preface of the report

ここでダビド・レポートの序言を全訳いたします。

==================================================
1877年1月22日 第1レポート
※アメリカ合衆国の時計製造について、ジュラ山地カントン連合産業委員会へのレポート


議長・会員各位

アメリカ合衆国のウォッチ製造を研究するために貴委員会の要請により派遣され我々使節団はこの度その任務に対する報告としてこのレポートを謹んで提出いたします。

このレポート完成より前にファーブル・ペレ (Favre-Perret) 氏によって行われた講演はアメリカ合衆国によって成し遂げられたウォッチ製造における計り知れない進歩を明らかにすると共に、我々の国が現在非常に憂慮すべき状況におかれている事を示す内容のものでした。

残念ながら我々もこのペレ氏の言説の全てが真実であると申し上げなければなりません。我々の競争相手は非常に強大かつ整然たる組織であります。もし我々がこれ以上の地歩を失いたく無いなら、もし我々がこの生まれて数年にしかならないにもかかわらず既に強大かつ精巧なものとなったアメリカの産業に完璧に取って代わられるのを是としないなら、今こそが真剣に努力をするべき時なのです。

アメリカの(ウォッチを機械で製造しているという)会社の風聞レベルの情報をもとにしてこの数年、スイスにおいてもさまざまなテストが行われておりました。これらのテストはごく小さな規模において、そして不満足な情報資源に基づいて行われたものであったにもかかわらずそれが明らかにしたのはもし我々がこの新しい方式を学んでそれを我々のスイス式製造法に最適の方法で導入するならば我々はアメリカにおいて得られたのと同じ結果を得ることが出来るという事です。

恐らく我々の競争相手が工場を組織するのに必要とした経費の大半を支払わずしてそれは可能となるでしょう。
よって我々は将来についてまだ失望するべきではありません。但しそれと同時に我々はこの新しい方式を学び、勇気を持ちつつも慎重にこの方式に和合せねばなりません。

我々に委託されたこの調査、本日皆様にお伝えするこの結果はやがて他の人々によって為されるであろう多くの調査の単なるファースト・ステップに過ぎないと考えていただかなければなりません。我々は彼の地で発見した事物のありようについて皆様に理解していただけるよう出来る限りの努力をいたしました。にも関わらず主として時間が不足していた事、好条件に恵まれなかった事を理由として全てにわたって詳細を検証することが出来ませんでした。さらに(彼の地における)状況は刻々と変化しているのであります。

アメリカのウォッチ工場の仕事のありようを特徴づけているのは他の分野のアメリカの会社と同様、彼らの進歩に賭ける熱意であります。彼らの組織全てを下支えしているのは彼らの製造機械を改善するための幅広い研究であり、作業の簡便化であり、労働工数の低減であり、場合によっては組織の改善でありさえします。理論的に考えてもその組織運営に関わる全てが細部に至るまで有効に作用しています。どんな細かい点も見逃されることはありません。全ての従業員の役割は明確に規定されており、正確には管理すらされています。

彼らの組織においては全ての分野における研究と調査のために巨大な場所が確保されております。ウォルサムとエルジンの工場、この二つの主要な会社はヨーロッパの巨大企業に見られるものに比肩できる完璧な技術部門を有しています。これはウォッチ産業では類例の無いものです。

我々は現時点ではこのアメリカの産業が彼ら自身が言うほどの成功、安定状態にあると認めることは出来ません。しかし彼らの採用した生産方法を以てすればこの産業が遠からぬ日に高品質を獲得するであろう事は疑いがありません。何故なら前述の技術部門が確実にこれらの会社を完きものとし、最適な工法を生み出すであろうからです。

よって1876年にスタートしたこの情報収集を継続する必要があります。そうしてこそスイスのウォッチ産業はじかにアメリカ合衆国の状況をつぶさに知ることが出来るのです。この件について、もしこの継続的な情報収集行為を実り多く、有用で正確な情報を生み出すものにしたいならば、厳守すべき重要な事項として以下の点を強調いたします。それは我々の義務であると信じます。最も重要な事は我々の収集した情報、このレポートに含まれる情報を印刷したり業界誌に発表したりしないという事です。そうすればこれらの情報がアメリカの競争相手とコンタクトを持つ人々の手に渡ることもないからです。

最も正確な情報はかの工場を訪れること、そこで働いている人々とディスカッションすること、そして工場の人間ではないが事情を良く知る人々とディスカッションすることによって直接得ることが出来ます。しかしこれらの手段は全て大なり小なりその会社の懐において行われることであるため我々が彼らの工場を訪れて人々と話すことがスイス人の情報収集行為に益することに気づいた瞬間に彼らが必ずこれを厳しく禁ずる事は明々白々です。

そうなればどの職種にある社員も仕事を失うことを恐れて我々との交渉を絶つでしょう。そしてそれは工場外の人々、メカニックやその他の人々についても同様でしょう。アメリカの会社にとってそれらの人々にスイス人を無視して沈黙を守るように説得する事は簡単でしょう。さらに我々は情報提供者の利益を守らなければなりません。その中には工場内で働いている人もおり、もしこのことが知られると彼らの立場は非常に苦しいものとなるからです。 よって何よりも先ず、現在の情報収集行為については何も喋らない事、そしてそれを見ることによってこの国にとって有用なものを引き出すことの出来る信頼のおける人物以外にはこのレポートを見せない、という事が重要なのであります。

こうした方法によって我々はこれまでに築いたアメリカの工場と密接な関係にある人々との関係を継続させ、かつ彼らから情報提供を受け続けることを期待できるのです。
我々はこのレポートを以下の7つの章に分けました。

1.アメリカの(ウォッチ)工場の数と順位
2.諸工場の財務状態
3.内部組織
4.生産量と品質
5.販売
6.製造工程
7.結論

我々は「6.製造工程」の章に製造機械のスケッチと関連情報を付け加えました。

他の章においてはアメリカのウォッチとムーブメントの現行価格表、アメリカの工場によってつくられた広告見本、そして時計製作に使用可能なツール類、機械設備類の製造所の住所をいくつか加えました。

最後に、我々はスイスの製品と直接競合すると思われるタイプのムーブメントを1ダースほど提出いたします。これらのムーブメントにはアメリカ現地で時計修理技能者が普通に入手出来る補修部品も添付いたしました。
==================================================

本レポートの序言は以上の通りです。その後1部〜7部までの詳細な各論が展開されます。それぞれに興味深いのですが個人的には「3部・内部組織」と「7部・結論」が面白く思いました。特に「7部・結論」は国を思う真情に満ちた檄文の域に達しており、このレポートが書かれてから130年経過した2006年のこんにちに読んでも思わず感動するほどの内容です。この「7部・結論」は是非訳して皆さんにも読んでいただきたいと思っております。

ところで序言を読んでお判りのようにこのダビド・レポートは「世界初?の国際的産業スパイ文書」でもあります。実際このレポートは部外秘とされ、まともに活字になったのは1992年にロンジンが歴史文書としてこれを発行したのがどうも最初のようです。でもフランス語だったので誰も読みませんでしたがある時リチャード・ワトキンス氏がこの本の存在に気づいて英語訳をして、余りに内容が面白いので自分で出版なすった、という事の次第です。

また別の意味でこのレポートが興味深いのは「同時代人がアメリカのウォッチ産業のありよう、製造方法などを詳細にレポートした唯一の資料」という点です。実際アメリカ人はウォッチ製造に忙しくて「如何にしてウォッチを造るのか」という資料を残しておく余裕が無かったようです。実際、後世のアメリカ人から見ても「どうやって時計を造ってたのかな?」と不思議な事が結構あるらしい。ダビド・レポートの持つそれに対しての回答、という興味深い面も見逃せないと思います。

16世紀に日本にキリスト教布教に来たフロイス師の書き残した文書から織田信長の人物像が客観的に浮かぶのだそうですが、大げさに言うとそんな趣があります。「そうか、アメリカ人はこういう人たちだったのか」と。

またダビド・レポートはハロルドの"American Watchmaking: A Technical History of the American Watch Insdustry 1850-1930"という本と見比べながら読むと更に興味深いものとなります。お手元にハロルド本をお持ちの方はそれとあわせてダビド・レポートをご覧になる事をお薦めします。

(つづく)
________________________________________________________________________________________________

0 件のコメント:

コメントを投稿