2009年5月22日金曜日

ダビド・レポート (1)

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●What was the Philadelphia Shock in 1876?

まず「フィラデルフィアショック1876って何じゃらほい?」という方もおられるかも知れませんので話はそこから始めたいと思います。

ス イスの時計産業は1850年頃には既に年産200万本ほどの時計を造っておったそうであります。1870年にはスイスの時計産業従事者は実に34,000 人を数え、 彼らの造った時計の大部分はアメリカとイギリスを含む諸外国に輸出されておりました。同時期の大英帝国時計の生産本数が20万本であった事を考えると当時 のスイス時計産業の地位がいかに突出的かつ支配的なものだったかが判ります。

そんな順風満帆に見えたスイス時計産業を襲った嵐は熾烈かつ 急激なものでありました。そしてその「近代工業」という名の嵐は新興国アメリカからやって来たのであります。その嵐はスイス・ウォッチの最重要輸出先であ るアメリカ市場を吹き飛ばしてしまいました。アメリカへの輸出本数が、

・1870年..............330,000本
・1876年................75,000本

という具合に6年のうちになんと4分の1以下にまで激減してしまったのであります。 もっとも重要な輸出先における極度の売り上げ不振。

「一体アメリカで何が起こっているのだ?」

スイス人にはその理由が良く飲み込めません。当時はテレビもラジオも電話もインターネットもGoogle検索も無かったからであります。アメリカに代理店を置いていたスイスの会社は大量の在庫を抱えて苦境に陥る事になりました。

「これは死活問題だ」

事態を憂慮したスイス時計産業人はエドアール・ファーブル・ペレ(Edouard Favre-Perret)というおじさんをつかまえて、

「おめーアメリカに行って目ん玉見開いて様子を見てこい!理由が判るまで帰って来んな!」

と 1876年、アメリカはフィラデルフィアで行われていたアメリカ建国100周年博覧会に派遣したのでありました。ペレおじさん以外にもテオドール・グリビ (Theodore Gribi)という人、何とかいう時計技術者(忘れました)など結構な人数が同行したようで一応「国際視察団」という体裁をとっていたようです。

その国際視察団がフィラデルフィアの展覧会に着いてみるとそこではアメリカン・ウォッチ・カンパニー(ウォルサム)が時計を製造する機械を誇らしげに実演展示をいたしておりました。

「こりゃあ一体…」

新大陸アメリカで誕生した機械群が自分たちスイス人が生まれてこの方見たことも無い方法でウォッチを能率良く製造する様子を見てペレ様ご一行は言葉を失いま す。彼らアメリカ人はその工場において1日10時間稼働、週6日稼働で2,200個もの金時計、銀時計を造るのだという。スイスでは想像の枠外の数値で す。またアメリカのウォッチは同モデルの場合、各種部品が標準化されており互換性(interchangeability)があるのだという。

ペレは一体どのように交渉したものか「ちょっとこの時計貸しておくれやす」とウォルサムの中級グレードの時計を借り出すことに成功します。そしてそのウォッチを持ち帰り、

「いまウォルサムからこの時計かっぱらって来たんだよキミィ。何だか随分精度いいみたいなんだけど、ちょっとこの時計バラして検証してみてくれんかねキミィ?」

とスイスから同行してきた随行員の時計技師にそのウォルサムの分解を依頼しました。

黙ってウォルサムの分解作業に没頭する時計技師の横で待つことしばし、やがてペレ氏はしびれを切らせたように尋ねます。

「で、どうなんだねこの時計はキミィ?」

「うーんダメだこりゃ。全然かなわないよ。凄いよこれ。お見それしました、だよ」

「そんなに凄いのかねキミィ」

「もう信じらんないね。オレたちの国の時計を5万個かきあつめたってこんだけ出来のいい時計は無いね。オレ、こんなショック受けたの初めてだよ」

「本当かねキミィ・・」


問題点は非常に明快で、最新鋭の機械設備で造られたアメリカの時計は同等の価格のスイス時計よりも高品質だったのです。そしてそれが支持されてアメリカ人は スイス時計を買わなくなった、これが輸出激減の理由だったのです。更に言えばアメリカ人はウォルサムのウォッチがスイス・ウォッチより多少高くても高品 質・高信頼性を理由にアメリカ製を好んだそうであります。

「えらいこっちゃ、とんでもないこっちゃ、もうワシらはおしまいだ」

ペレ様ご一行は想像以上の事態に驚愕して本国に「大変な事になった」と連絡を入れたのでありました。

●They decided to send Jaques David to United States

余談ですがペレ様ご一行はフィラデルフィアで一番悪いものを見たと思います。ハロルド著 "American Watchmaking: A Technical History of the American Watch Insdustry 1850-1930" によればこの時、アメリカンウォッチカンパニーはフィラデルフィアにナシュア(Nashua)の製造設備を一部持っていったとのこと。

ナシュアはアメリカン・ウォッチ・カンパニーの前身、ボストン・ウォッチの頓挫を機にスピンアウトした人々によって造られた会社ですがメカニックとしてチャールズ・モズリー(Charles Moseley)、チャールズ・バンダー・ウォード(Charles Vander Woerd)などの天才軍団を擁したアメリカいち先進的な会社でありました。特に部品の互換性(interchangeability/標準化)においては他の追随を許さなかったようです。オリジナルな製造機械を造ったり、バイメタルバランス(テンワ)の非常に先進的な製造方法を開発したり、というきわめて高度な技術者集団でした。

ところが南北戦争初期の不況、アメリカにおける高級時計市場の未成熟といった問題が重なり、ナシュアはほんの二年足らずで資金繰りに困ってダメになってしまいます。ですがその技術が余りに素晴らしいのでアメリカン・ウォッチ・カンパニーはそのままこの会社を吸収し、ナシュアの一団は悪びれずにAWCの一部門(デパートメント)として大手を振って堂々と乗り込んで来たのでありました。

ハロルドおやじによれば、その後のウォルサムが品質においてハワードに対抗し得たのはこのナシュアのおかげだ、とのことであります。ファーブル・ペレらはそのアメリカで一番進んだナシュアの製造設備を見てしまったので余計ショックが大きかったのではないかと想像します。

驚いたのはスイス側、ジュラ山地カントン連合産業委員会(Intercantonal Committee of Jura Industries)の人々であります。

「ペレは大変だ大変だと言って来ているが何がどう大変なのかあのおっさんの言葉ではいまひとつ要領を得ない。一体アメリカでは何が起こっているのか。これは機械の判る人間を派遣するしかあるまい」

という事で急遽、機械技術の判る専門家をフィラデルフィア博覧会に派遣しようという事になりました。

「となると、あいつしかいないだろう」

と委員会に白羽の矢を立てられたのがロンジンのジャック・ダビド(Jacques David)だったのであります。

この1876年当時、ウォッチ製造に関わるマシナリー(機械)の研究がスイスで一番進んでいるのはエルネスト・フランション(Ernest Francillon)率いるロンジンであるという事は業界人の意見の一致するところでありました。そのロンジンの若き技師長として様々な製造機械を開発してきたジャック・ダビドこそアメリカン・ウォッチメイキングを検証するに最適の人物であると考えられたもののようです。

更に言えば上記の「ジュラ山地カントン連合産業委員会」自体がロンジンのエルネスト・フランシヨンの主導によって「これからは今までのように各カントンが対抗意識むき出しで排他的な商売をしていたんじゃ立ち行かないぞ」と造られた委員会だったのでむしろこの人選にはフランションの意思が反映されていると見る方が正しいかも知れません。

ただ私は「よくロンジンはこの時期にジャック・ダビドをアメリカに出したな」と思います。というのもこの 1876年時点でのロンジンという会社の経営は非常な苦境の下にあり、ロンジンの頭脳である技術主任を三ヶ月も外遊に出す余裕は本来無いはずでした。特にこの年前半の同社は工場創設以来最悪の危機的状況に陥っており、いつ倒産してもおかしくありませんでした。資本は完全に食いつぶし、銀行からの借金は限度一杯でもう誰もお金を貸してくれないような会社になっておりました。満身創痍であります。

もっともロンジンという会社は1866年、スゼ河畔のロンジンの地に工場を設立して以来1876年までの10年間というもの一度も黒字になった事は無く、常に出口の見えない迷路をランプ片手に心細く歩くような経営状態の会社でした。よくもまあ銀行は金を貸し続けたものだと逆に感心します(ロンジンのメインバンクがアガシの親戚筋だったとの事なので多分に恩情的融資とも言うべき側面があったかも知れません)。

(つづく)
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