2009年5月22日金曜日

ダビド・レポート -Preface-

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●David
Report =スイス・ウォッチの運命を変えたレポート=

1876年のアメリカ建国100周年記念フィラデルフィア博覧会においてアメリカン・ウォッチ・カンパニー(American Watch Co. of Waltham)が大々的に行った「マシン・メイド・ウォッチ」の展示・デモンストレーションが視察に来ていたスイス時計業界の使節団に非常なショックを与えたという話は有名であります。

この博覧会に触れてスイス人は自らの後進性を認識するとともに自らの産業が存亡の危機にさらされている事に気づき、これを契機としてスイス時計業界はウォッチ製造に関わる全てのカントンを挙げて時計産業の機械化に取り組む事となったと言われております。

この話はカットモア の "Watches"をはじめ多くの時計本に出てきますが「ではスイス時計業界は具体的に一体何を行ったのか?」という点についてはどの本も総論的な解説のみで終わっている場合が多く、詳細に解説したものは余り見かけなかったように思います。

ところが最近、このあたりについて非常に詳しく書いた本が出版されましたのでご紹介したいと思います。書名情報等は以下の通りです。

書 名:American and Swiss Watchmaking in 1876
原著者:Jacques David(1877年仏語原本)
英訳者:Richard Watkins(2003年英訳出)
出版社:なし。ワトキンスによる私家版(全300部)

この本はこれまで世に出た時計本のうちでも最も興味深いものの一冊ではないかと個人的には感じました。この本(正確にはレポートと言うべきですが)の著者は ジャック・ダビド(Jacques David)、1876年当時のロンジンの技師長であります。1845年生まれ、1912年没。ロンジンの創始者エルネスト・フランシヨンの甥でアガシ一族、フランション一族同様ローザンヌ出身のユグノー教徒の末裔であります。このジャック・ダビドという人は途方もない人物であり、もし19世紀後半のスイス時計業界がこのジャック・ダビドという人物を持たなかったならばスイス時計業界はあるいは衰亡の運命を辿っていた可能性すらある、と私は思います。

このあたりの事情について詳説しようとするとさらにはエルネスト・フランシヨンという人物そしてロンジンという会社の存在、と言ったバックグラウンドについても言及しなければなりません。これに関してはこのダビド・レポートとは別のトピックにてロンジンの歴史と照らし合わせながら別途ご紹介したいと思います。


●救世主ロンジン

さて「1876年のフィラデルフィア・ショックに対してスイス人は劣勢を挽回すべく必死の努力を為した」という意味の表現は他の時計本でも目にするところでありますが具体的には誰がどこでどのような努力を為したのでしょうか?今まではこのあたりは私にとっては曖昧模糊としておりまし た。が、今回の「ダビド・レポート」とアンドレ・フランシヨン著「ロンジンの歴史(History of Longines/リチャード・ワトキンス英訳出)」の内容を照合する事によって私なりに結論を得たように思います。それはロンジンであります。

アメリカで始まったウォッチメイキング・バイ・マシナリー、近代的機械による高品質時計の大量製造、これはまさにスイス時計産業にとっての黒船でありました。スイス人が旧態依然とした方法でのんびりとウォッチ製作をしているうちに新大陸では想像を絶するウォッチ製造方法が始まっており、それは突如、という感じでアメリカがスイスの強力な競合相手として出現したのであります。スイス時計産業存亡の危機であります。

この緊急事態に際してスイスにおいて最も鋭敏にこれに反応し、正確に彼我の現状分析を為し、スイス時計人を鼓舞し、主導し、進んで機械製造方式を導入し、小規模工場の統合を唱えてスイス時計業界の産業形態まで変容させその後100年のスイス時計繁栄の基礎を築いた会社、それはロンジンです。

誤解を恐れずに敢えて申し上げるならば「スイス時計産業を救った会社」はロンジンであり「スイス時計産業を救った人々」はオーギュスト・アガシ、エルネスト・フランシヨン、ジャック・ダビドそして彼らを補佐した技術者たちである、という結論になるかと思います。

随分また乱暴な結論を導き出したものだな、とお叱りを受けるかも知れません。ですが自分なりに調べた結果、私はそのような結論に達しました。以下、何故そのような結論になるのかというその根拠について上記のダビド・レポートの内容をご紹介しながら私なりに検証していきたいと思います。以下、気長にお付き合いいたければ幸いです。

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2 件のコメント:

  1. G_Georgeさん、こんばんは。
    時計修理の試験を週末に控え、貴ブログがフト気になって寄らせて頂きました。
    mixiで参加させて頂きながら、殆どコメントする事もできず済みませんでした。また宜しくお願いします。

    私はきちんと直すには、部品が作れる・・・部品の「正」の状態が理解できる事が大切では?との思いから、製作製造、教育訓練の歴史に関心があって、私はこのダビド・レポートが面白く感じます。

    今年度の1級技能検定から機械式復活との事。
    日本においても、また何か変わろうとしている様です。

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  2. @unitasでのG_Georgeさんの記事、いつも大変興味深く読ませていただいておりました。
    本ブログでまとめられた一連の記事に感銘を受けて、先程Richard Watkins版のDavid Reportをイギリスの書店に発注してしまいました。

    お忙しい中なかなか時間を取るのも難しいかと思いますが、また是非折を見てブログの更新をすすめていただければ(むしろ書籍化していただければ…)幸甚です。

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