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18世紀中盤、ロンジチュード・プロブレムの解決法として最後に残ったのは「月距法(lunar distance method)」と「クロノメーター法(chronometer method)」でした。前者は天文計測によって自船の経度を割り出す方法(星図、天文暦と計算を必要とする手の込んだ方法です。私は正直なところ、この方法をよく理解しておりません)、後者は出発点の時刻に合わせたクロノメーターを船に搭載して、航行先で計測した太陽時とクロノメーターの示す基準時とのずれから自船の経度を計算で割り出すという比較的簡素な方法です。
この時代、大洋を航海する船上において高い精度を発揮するウォッチ(クロノメーター)があれば複雑な天文観測に頼らずともロンジチュード・プロブレムは解決するという事はほぼ判っていました。問題はそれだけの精度を発揮するウォッチを人類は未だ作れていなかった、その精度を実現した者は歴史上かつて誰もいなかったという事です。天文学者たちは「時計のような不安定でいい加減なインストルメントで何が経度が測れるものか」と悪口を言っていました(科学者・アイザック・ニュートンもクロノメーター法に否定的見解を述べた一人。その理由は『そんな精巧なウォッチが製作可能とは思えない』というもの)。
「誰がその精度を達成するのか?」
この問題に最初に名乗りを上げ、素晴らしい実績をあげたのがジョン・ハリソンだったのです。ハリソンのタイムキーパーが叩き出した数値だけを見れば彼は明らかに満額の報奨金を受け取る資格を持っていました。
その資格はもちろん1714年にイギリス政府によって可決され、アン女王の名において施行されたロンジチュード法に由来します。その法律に付随して定められた報奨金詳細は以下の通りです。
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・イングランドから西インドに至るまでの6週間の航海において以下の精度を達成したタイムピースを製作した者には誰であれ記載の報奨金を支払うものとする。
(1)経度1°以内の精度………£10,000
(2)経度2/3°以内の精度……£15,000
(3)経度1/2°以内の精度……£20,000
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上記のうち(3)でものごとを考えると経度にして0.5°という事は時間にして2分という事になります(地球は1時間で15°回転する)。つまり6週間(42日)で2分(120秒)以内という精度が必要とされる訳です。ということは、
→120秒÷42日=2.857秒
つまり20,000ギニーを受け取るためには42日間の平均日差が2.857秒以内のクロノメーターを作って見せれば良いという事になります。1764年のバルバドス航海におけるハリソンH4の平均日差が1.48秒ですからこれは完全に報奨金20,000ギニー満額を受け取る条件を満たしております。しかも条文には"..the reward would be paid to ANYONE producing a timepiece that kept within close limits.."と明記してあるのです。
ところがジョン・ハリソンとロンジチュード委員会との間には積年の確執がありました。ハリソンは委員会の有力メンバーである天文学者たちに憎まれていたため彼らにありとあらゆる難癖をつけられ、その業績を不当に評価され、賞金の満額支払いを拒否されるという不遇をかこつていました。
※ジョン・ハリソンについてのこれ以上の詳細は本トピックの趣旨から離れますので他日、別のトピックを立てたいと思っております。数年前、mixiにて始めかけてあっさり挫折したのですが。
ですがウォッチメーカーたちにしてみればジョン・ハリソンの達成した精度は驚愕以外の何者でもありません。
「一体どうやったらそんな精度が可能なのか?」
ジョン・ハリソンの叩き出した実績を知って、ジョン・アーノルドは時計師として"Precision Timekeeping"に純粋に興味を持ったという事もあっただろうし、腕に自信のある時計師としてのプライドをいたく刺激されて心が騒いだという事もあっただろうと思います。アーノルドの性格を考えると、自分と関係のないところで起こっている一連のインシデンツに彼は一種の焦燥感に似た感情すら抱いたのではないか、私はそのように想像しております。
更に言うならば、ロンジチュード委員会の提示する各種賞金がアーノルドにとってインセンティブとなった可能性も否定出来ません。アーノルドがクロノメーター・メーカーとしてデビューした時点ではジョン・ハリソンはまだロンジチュード・プロブレム解決の懸賞金20,000ギニーのうち10,000ギニーを受け取ってはおりません。ロンジチュード委員会はあれこれと難癖を言い募ってはその支払いを頑強に拒否していたのです。
「まだ10,000ギニー残っている」
ジョン・アーノルドが果たしてそこまで考えていたかどうかは不明です。ですがその巨額の懸賞金とは別にロンジチュード委員会が提示する各種の懸賞金がジョン・アーノルドを鼓舞しなかった事はなかっただろうと思います。この各種報奨金については1848年刊行の"The Chronometer: It's Origin and Present Perfection" (by Thomas Porthouse)という本にいくつかの記載があります。当時の報奨金が一つだけではなかった事が判って非常に興味深く思いました。
私の推測ですが恐らく1764年頃、指輪時計を完成させた後にアーノルドは王宮的なウォッチ製作に対する興味を急速に失い、それに代わるものとして"Precision Timekeeping"に対する研究開発に手を染め始め、以後これに魂を奪われるがごとく急激に没頭したものと思われます。
実際、アーノルドはそれ以降二度と王宮的なウォッチを作る事がありませんでした。ロシアのツァーに「オレにもジョージ3世みたいな指輪時計を作ってくれ」と依頼されても適当な理由を付けて断っています。1770年に英王室に納めた二個目の指輪時計は一個目に比べると出来具合、作風にひどく差があるため別人の作だと考えられています(マーサーによればスイス・エボーシュではないかとの事)。その頃のアーノルドは既にそうしたものに興味が持てなくなっていたのでしょう。それよりタイムキーピングの実験に自分の時間を使いたかったのではないかと思います。
ところで "Precision Timekeeping"の要諦は一に高性能脱進機の実現にかかっております。ここでいう高性能脱進機とは具体的には"Detached escapement"と"Temparature compensation"の2点を満足させたものであります。
"Detached escapement"についての詳説はとても簡単に済むものではないので別の機会に譲りたく思いますが手短に言うとバージ脱進機やシリンダー脱進機は別名"frictional rest escapement"と呼ばれ、その機構上エスケープホイールが停止(ロック)している間、バランスホイールの回転が脱進機構に起因するフリクションから逃れることがありません。これは置き時計で言えば振り子の往復運動に常に物理的なブレーキをかけているに等しい状態です。これが高精度達成の阻害要因となっていました。
それに対して"Detached escapement"(デタッチド脱進機)とはピエール・ルロアやトーマス・マッジの時代以降に出て来たデテント式、レバー式などがその代表ですが、エスケープホイールが停止中でもバランスホイール自体は脱進機構に起因するフリクションにさらされる事無く自由に運動をする事が出来ます。このフリクションロスの無い事がバランスホイールのヴァイタルな回転を促し、高精度を達成する上で非常に有利な要素となるのです。この頃の Precision Timekeeping を志す時計師たちは皆、この「デタッチド脱進機」を夢見ておりました。
勿論ジョン・アーノルドが高性能脱進機を志した時代はまだまともに「デタッチド脱進機」が動いていなかった時代、トーマス・マッジがレバー脱進機を考案して数年が経過したくらいの「デタッチド脱進機黎明期」で皆、手探りで試行錯誤をしていたのでありました。ですが彼のプロトタイプ・クロノメーターを見る限りアーノルドが早い時期から「デタッチド脱進機」を指向していたのは確実と思えます。
※"detached"というのは「脱進機の動作(エスケープホイールのロック、アンロック)とバランスホイールの自由振動との両者がインパルスのある瞬間を除いては『分離(detach)』している、あるいは『非接触(unconnected)』である、という風に理解していただいていいと思います。アーノルドは自分の脱進機を人に説明するのに「これはunconnectedなんだ」という言葉を使っていた形跡があります。
(つづく)
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まだ書き込みの仕方が良く分からないのですが、簡単にレスします。
返信削除この時代って、時計師たちがなんとなくデタッチの方が
優位性があるらしいと考え始めた頃だったんですよね?
アーノルドはその考え方で究極のデテントに行き着いたと。
試しにグーグルアカウントで書き込んでみます。
返信削除テストテスト
今度はもう一度OpenIDで書き込みテスト。
返信削除Windowsからの書き込みテスト
返信削除認証無しで書き込みテスト。
返信削除トキオさん>
返信削除おっしゃる通りのようです。Max Cutmoreによれば「脱進機のフリクションロスをなくす事が必要だという事に時計師たちは気づいていた」との事です。
ハリソンのH4がバージだった事については、年代的に他の選択肢が無かったんだろうと思います。
※何か普通にコメント出来るっぽいですね。これで不都合は解決したのでしょうかね?
G_Georgeさん、どうもです。
返信削除普通に書き込み出来ます!
Master and Commanderという、帆船の軍艦が打ち合う映画がありますが、時代背景が1805年なんですね。つまり、ちょうどブレゲの時代ぐらいですが、この映画中で描かれている、船の中での生活のレベルからすると、当時の時計のテクノロジーのなんと突出していることかと驚かされます。
返信削除Master and Commander、興行成績はふるわなかったようですが、まだ御覧になっていなければぜひ。すばらしい秀作です。
クロンさん
返信削除その映画は存じませんでしたが1805年というとトラファルガーの海戦の映画なんでしょうか?ご紹介ありがとうございます。楽しみに探してみます。
時計と関係のない本や映画に接して「ああそういう事か」と時代背景が理解出来てその時代にそういう時計が生まれた意味が分かったりすることがありますよね。マリンクロノメーターも海事の知識があるのと無いのとでは全然理解が違ってくると思いますのでその映画も楽しみに探してみます。
私の場合"Longitude"という映画"の臨場感が印象的でした。トキオさんにVHSテープをいただいたのですが何度も見返してクロノメーターに関する興味が非常に強くなりました。
アーノルドがロンジチュード委員会に出席する話などを読んでいると、頭の中には自然と映画"Longitude"の中での委員会の描写が浮かんできて、
「あんな雰囲気の中でアーノルドは演説をぶったんだろうな」
と考えたりしてます。
ロンジチュード委員会の提示する賞金額と支払い基準の説明が不充分な気がしたため只今、ハリソンの懸賞金のところを書き加えました。精度別に賞金額が定められていました。
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