2009年8月30日日曜日

ブレゲとジョン・アーノルド(7)

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H4内部構造評価会議

ここで少々脱線気味ではありますが、ジョン・ハリソンのH4の「内部構造評価会議」とはどのような性質のものだったかについて振り返ってみましょう。

1764
年の航海においてハリソンのH4が赫々たる成果を挙げた翌年の176529日、ロンジチュード委員会はH4の成果を認めつつも、ハリソンが未だH4の構造原理を明かしていない事を問題視する決議を通過させました。「H4の構造原理公開の要請に従えば賞金の半分を渡そう。そしてこのH4以外のタイムキーパーを製作してそれが同様の性能を発揮したら残りの半分を渡そう」というものです。そして不可解な事にこの決議は法案化され、ジョージ3世の20章第5法として議会を通過してしまうのです。ほとんどハリソンを糾弾するに近い内容です。そして委員会は1765528日、ハリソンが賞金の半分を受け取る為の条件として以下の通り決議しました。

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1.H4を製作する大元の図面、説明書き、そしてH4そのものを委員会に譲渡すると誓約する事

2.
委員会が指定する人々に口頭でより詳細な説明をする事。H4をその人々の前でバラバラに分解し、それに関する全ての質問に答え、それを製作するときの一般に知られていないポイント ─例えばスプリングの熱処理など─ について明示する事。必要があれば実験検証も行う事。

3.H1
H3までの三基のタイムピースも委員会に譲渡する事 ========================================================


非常に高圧的な内容と言っていいと思います。この決議に対する抗議としてハリソンは委員会に憤激に満ちた手紙をしたためる事となります。その手紙を以下、少しばかり訳してみましょう。


(訳はじまり)=====================================================


私は、私に対してもっと違った応対をして然るべき人々によって、自分がいいように弄ばれたと考えずにはおれません。もしアン女王の第12法(訳注・ロンジチュード法)が実行されないものであるならば、私は自分の発明を完璧なものに導く為に、何故こんなにも長い年月にわたってその法律にずっと鼓舞されなければならなかったのでしょうか?そして私の発明が完成を見た後、何故私の息子は二回にもわたって西インド諸島に行かねばならなかったのでしょうか?

私の息子が最後の航海指示を受け取ったとき、(ロンジチュード法が実行されないという事を)息子に言っておいていただければ良かった。アン女王の第12法においては考えもされていなかった新しい制限事項を設けられた、あなた方の決議による新しい法律がどのみち施行された事でしょうから。私が言っているのは、もしそうしていただければ、私が今遭遇しているような様々な仕打ちを事前に察知出来ただろうという事です。

私の事例は非常に苛酷なものであるという事が認められなければなりません。ですが私は、議会によって承認された英国の法律に対して、その遵守を迫る事によって苦しむ最初で、そしてこの国のためにも、最後の者となることを希望するものであります。

私が私の正当な報奨金を受け取っていたならば、つまり神が私に与え給うた能力の向上に費やされた40年にわたる徹底的な集中の後にその状態に至ったならば、かくしてこの世の発明の全てがそうであるように、私の発明が然るべき道をたどるのであれば、疑いも無く私は熟練工たちにその原理と製作技術を教示したに違いないでしょうし、そうする事を大いに喜びとしたでありましょう。

しかし、今私が提示されているのは何と大きくかけ離れた事態である事か。つまり、私が全く見も知りもしない人々に(内部構造を)教示するという事、そしてもし私が彼らの満足の行くまでに説明する事が出来なかった場合、私は何も手に入れる事が出来ないのです!(訳注:報奨金の事を言ってます)

私にとって実に苛酷な運命でありますが、この私の発明を奪われるかも知れない世界にとってはもっと苛酷であります。私が委員会の紳士達、熟練工達に心を開いた自主的な態度で私の発明の全ての原理を説明しない限り、事は必ずそうなるに違いありません。

彼らはいつでも殆ど自由に私の(時計製作に使用した)機器類を頼りにする事が出来ます。そしてもしこれらの熟練工の誰かが私の発明を理解出来るほどに優秀であれば、彼らが私から盗んだ発明に対してどれほどの報奨金を喜んで与えるかの決定権はあなた方にあるのです。

そして老齢にある私は一人座り、報奨金を受け取ることは無かったけれども自分がそれを成し遂げたのだという事実(訳注:最初に経度法の定める精度のクロノメーターを製作した事を指すと思われます)に安んじると共に、報奨金を受け取ったという妄想の中で窮乏に苦しむよりはこの方がずっと心が安息なのだと神に感謝しなければならないでしょう。

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※ハリソンは文章を書くのが苦手だったとのことです。この手紙の原文もなかなか文脈のつながりが難解なものでした。ハリソンの意を汲み取って?意訳せざるを得ませんでしたが、いずれにしてもハリソンの怒りと失望の深さ、無力感、徒労感といったものが文章全体に満ちています。

※写真は上記の手紙とは全然別の内容のハリソンの自筆レポート。ハリソンの文章は当時のイングランド人が読んでさえ不可解だったそうです。ハリソンといい、ブレゲといい、理知的な時計作りをする癖に文章がさっぱり要領を得ないという時計師が時々いるのが不思議です。



特にハリソンが抗議したのが「実験検証的公開」(Experimental exhibitions)でした。ハリソンは自分が辛酸を舐めるようにして開発したH4の故なき公開を頑強に拒んで、

「ハリソンは自分の身体にイングランド人の血の一滴でも流れている限り、そのような行いに同意する事は決して出来ないと宣言して荒々しく委員会から出て行った」

と伝えられております(グールド本P.61)。

共に譲らないと思えた両者でしたが結局、ハリソンが折れる事になりました。「実験検証的公開」という屈辱的な条件に同意したのです。ジョン・ハリソン、この時73歳。

「こんな事を続けていたのでは報奨金を受け取る前に自分の生命の炎が先に尽きてしまう」

あるいはそのような無力感、徒労感による自棄的な判断であったかも知れません。

かくしてロンジチュード委員会が選任した7名のメンバーからなる「H4内部構造評価委員会」とも言うべきsub-committeeがつくられ、1765822日からの数日間、ハリソンの工房においてH4の「実験検証的公開」が行われました。

委員会の7人のメンバーとは、すなわち座長のネヴィル・マスケリン、副座長のケンブリッジ大学の数学者ウィリアム・ラドラムそしてトーマス・マッジ、ラーカム・ケンドール、 ジョン・バード、ウィリアム・マシュー、ジョン・ミッチェルであります。この中でマッジ、ケンドール、マシューの3名が時計師であります。ジョン・バードは四分儀・六分儀など天測装置類をつくっていた人。そしてこの7名以外の人間は内部構造評価会議に出席出来なかったと伝えられております。
※Neville Maskelyne, Rev. William Ludlam, Thomas Mudge, Larcum Kendall, John Bird, William Matthews, Rev. John Michell

「神にかけてこの時計のメカニズムと製作方法について説明をします」

という誓約の後、ハリソンは上記メンバーの立ち会いのもと、H4を厳かに分解していったとの事です。

さて、このような経緯で行われた実験検証的公開でしたが当時、クロノメーター・メーカーとしては無名のジョン・アーノルドはこの委員会で明かされた秘密を知る立場にありませんでした。その彼が「このバランスはハリソンのNo.4に使われているものの殆ど複写である」とグールドが述べる程、H4に酷似した部品を持つクロノメーターをなぜ製作する事が出来たのでしょうか?

(つづく)


※今回の書き込みの最後が前回の書き込みの最後とほぼ同じになってます。全然話が進んでいないのが一目瞭然です。大体回り道が多すぎるんですこのブログは。

ハリソンに詳しい方ならば「アーノルドは委員会が出版したH4解説パンフレットを参照したのではないか」とおっしゃるかも知れません。確かにロンジチュード委員会は評価会議の成果として、H4の構造について記した"The Principles of Mr.Harrison's Time-keeper, with Plates of the same"というパンフレットをハリソンの図解を添えて出版しております。ですがこれはグールドによれば「これを手助けとして誰かにH4と同様のタイムキーパーを作らせるには全くもって不充分。無理」という内容だったそうなのでやはりアーノルドにとっても参考にならなかっただろうと私は思います。

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