2009年6月30日火曜日

ダビド・レポート(12)

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ここからダビド・レポート第2章は意外な結論に向かいます。ダビドが得た恐ろしい答えは以下の通りです(ダビド・レポートP.18)。

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これらの会社(ウォルサム、エルジン、スプリングフィールド)が値段を下げようとして行っている努力は通常はお互いを叩き合うために行っているとは考えられていない(実際にはそれと同じ結果になっているのだが)。

これらの努力は公然と輸入ウォッチに向けられているのである。アメリカ人はスイス製ウォッチを駆逐した上での市場独占を欲している。彼らは長期間に亘って輸入を減退させるために必要な犠牲を払う事が出来るし、またそうするつもりだと暗に認めている。
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最後の一行はワトキンスの英訳文では"They imply that they can make the necessary sacrifices to discourage importation for a long time, and they will do so"となっています。想像するに、

「何だってまたあなた方アメリカ人は同国人同士で安売り競争をして叩き合ってるんですか?」

というダビドの質問に対して、

「いや、それは違うな。つまり君たちの安い時計が邪魔なのさ。君たちさえいなくなれば市場は我々の独占だ。そうなれば値段なんてあとから好きにコントロール出 来るだろう?だから我々はアメリカ人同士で叩き合っているんじゃなくて、君たちスイスの時計からこの国におけるチャンスを奪い去ろうとしていると言う訳だね」

と答えた業界人がいたんでしょうか。

これにはダビドも呆然としたようで、

「そんな馬鹿な。これだけの大会社が採算ギリギリのところで株主への配当もおろそかにしたままで我々スイス・ウォッチが壊滅するまで安売り競争を仕掛けられる ものか!第一彼らの生産量はまだ年間250,000個にしか過ぎず、それではこのアメリカ一国全土の需要を賄うことも出来ないじゃないか」

とこれは逆にファイトを燃やす結果となったようです(但しアメリカウォッチ業界の生産キャパシティはその後数年でダビドの予想以上に伸びましたが)。

かくしてダビド・レポート第2章は闘志に燃えたダビド氏の、

「アメリカの工場はこのゴールに到達する前に値段を上げるのを余儀なくされるだろう。そして輸入品はこの価格上昇から直ちに利益を得るであろう。そして、輸入品を駆逐した後にアメリカ合衆国の工場が市場をコントロールして価格を上げる事が可能となる期間、つまりこの錯覚に基づく目標の追求に費やされた数多の犠 牲の代償として得られる期間は余りに短いものとなろう」

という言葉で締めくくられております。ここでダビド氏ははっきりとアメリカ・ウォッチ産業の構造的弱点を発見し、アメリカ市場に付け入る隙を見出した、というところでありましょうか。

ところで、私がこれまで読んだダビド・レポート以外の時計本で、

「ウォルサム及びエルジンが行った価格競争の真の目的はスイスウォッチをアメリカ市場から駆逐する事にあった。それを成し遂げて市場を独占した後に彼らはウォッチの価格を引き上げて大儲けするつもりだったのだ」

という記述を読んだ記憶は無いように思います。だからダビド・レポートの話には少々荒唐無稽な違和感を覚えないでもありません。でもジャック・ダビドがこんな事で嘘を書く理由も無いのでやはり事実なんでしょうね。

時計の歴史本では語られていなくとも1876年当時、誰かダビドに向かって「君たちにはこの市場から出ていって欲しいんだ」と言ったアメリカ人がいて、ダビ ドはそれに対して猛然と闘争心を燃やした、という事が事実としてあった。これもダビド・レポートの持つ臨場感だと思います。歴史本は過去形ですがダビド・ レポートは現在進行形なのです。

ちなみに、このあたりのダビドの意気軒昂な反応、闘争心は頼もしく思うのですが、同時に何だか可笑しくもあります。というのもダビドはアメリカ時計人を指して「だが彼らは年間250,000個のウォッチしか作れないではないか」と言っていますが、同時期のロンジンがその10分 の1の生産量もあったかどうか(1874年で年産15,000個)。しかもそのロンジンという名のスイスのショボい工場(失礼)は累積赤字で息も絶え絶えの状態なのであります。「お見それしました」と尻尾巻いて国に帰って転職先を探すのが正常な神経だと思うのですがそれを、

「オレたちは絶対アメリカの産業と戦える。絶対だ!」

と考えるのですからやはり一国の産業を救うような人はこれくらい気宇壮大じゃないとダメなんだな、と感心いたしました。ジャック・ダビド、やはり大物であります。


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第2章のご紹介は以上です。なるべく簡潔に手短に、と思っていたのですが無理でした。

次はいよいよ第3章「内部組織」です。これも長くなるでしょう。ですがこのダビド・レポート第3章ほどアメリカのウォッチ産業の組織の運営のされ方やワークメンたちの働きぶり、ワークメンたちの慎ましくも幸福な暮らしぶりなどを詳しく解説した文章は他に無いのではないかと思います。アメリカ人たちはウォッチを造るのに忙しくて自分たちがいかにしてウォッチを造っていたか、いかにして品質管理をしていたか、いかにして作業を行っていたかについては余り書き残す機会が無かったようです。

それをたまたま1876年にスパイ行為?を働きに来たジャック・ダビドというスイス人
がその詳細を書きとどめました。ジャック・ダビドは期せずして後に滅ぶ事となるアメリカ・ウォッチ産業の繁栄の証言者となった訳であります。

(つづく)
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